大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第二小法廷 昭和35年(あ)632号 判決

被告人 曾根清市

曾根初夫

主文

原審並びに第一審判決を破棄する。

本件は水戸家庭裁判所下妻支部に移送する。

理由

職権をもつて本訴の管轄について審査する。

労基法三二条一項は、使用者は労働者に休憩時間を除き一日について八時間、一週間について四八時間を超えて労働させてはならないと規定する。これは労働者に対する原則規準であるが、年少者に対しては同法六〇条の特別規定を設け、同三項において、満一五歳以上満一八歳に満たない者については右三二条一項の規定にかかわらず、一週間の労働時間が四八時間を超えないかぎり、一週間のうち一日の労働時間を四時間以内に短縮する場合においては他の日の労働時間を一〇時間まで延長することができると規定している。すなわち、この種の年少者に対しては同法六条三項をもつて労働時間の基準規定となす趣意であることはあきらかである。

そして、少年法三七条は、右六条三項の罪に関する成人の事件については、公訴は家庭裁判所にこれを提起しなければならないと規定する。

本件は、労基法六〇条三項に違反する罪に関する成人事件であることは記録上あきらかであるから、検察官は少年法三七条に従つて本件を家庭裁判所に公訴を提起すべきにかかわらず、これを下妻簡易裁判所に起訴したことは管轄を誤つた違法あるものというべく、これを看過した本件第一審判決ならびに原判決はいずれも管轄違の違法あるものといわざるを得ない。そして、この種労基法六〇条三項に掲げる成人の事件については、家庭裁判所が専属管轄権を有するものであることは当裁判所の判例とするところである。(昭和三〇年(さ)第三号昭和三十二年二月五日第三小法廷判決、昭和三二年(さ)第三号同年八月二三日第二小法廷判決)

よつて、上告人の弁護人らの上告趣意について判断するまでもなく、刑訴四一一条、四一二条により裁判官池田克、同奥野健一の反対意見があるほか全裁判官一致の意見をもつて主文のとおり判決する。

裁判官奥野健一の反対意見は次のとおりである。

労働基準法六〇条三項違反の罪は、使用者が満一五歳以上で満一八歳に満たない労働者に対し、特定労働日の労働時間を四時間以内に短縮して他の日の労働時間を延長する場合に、その所定時間外の労働をさせたときだけに成立する罪であつて、右の如き運営によらないで、初めから同法三二条一項の原則規定に違反して時間外の労働をさせた場合には、同法三二条一項違反の罪が成立するものと解すべきことは明文上明らかである。

すなわち、同法三二条一項は、成年労働者のみならず年少労働者双方に適用する原則規定であつて、同法六〇条三項は同項所定の年少労働者について前述の如き特別の運営による場合に限り、前記原則規定の例外として労働時間の延長が許されることを規定したものであつて、同条三項の「第三二条第一項の規定にかかわらず」という立言は、右の趣旨に解すべきであり、右三二条一項の原則規定が右立言により、年少労働者に関する限り、全面的に排斥され、年少労働者の時間外労働については、総て右六〇条三項にとり入れられたものと解することは明文上無理な解釈であつてこれを是認することを得ない。

或は言わん、特定日の労働時間を四時間以内に短縮するという配慮も全然せずに、連続して時間外労働させたという極めて情の悪い事案が、家庭裁判所の権限から除外され、より情の軽い事案のみが家庭裁判所の管轄とされることになり、少年の福祉を害する成人の事件を特に家庭裁判所の権限に属せしめている法の趣旨から理解ができないと。この議論は、立法論としては傾聴に値するとはいえ、現行法の解釈としては採るを得ないところである。若しかかる拡張解釈が許されるとすると年少者に対して労働基準法三四条の休憩に関する規定や、同法三五条の休日に関する規定に違反する罪が行われた場合にも同じく、年少者の福祉保護のため、その事案は家庭裁判所の権限に属すると解しなければならないことになろう。

しかし、少年法三七条一項は労働基準法その他の法律中年少者の福祉保護のため法律が特別の禁止規定を置いたもののみを掲げ、成人たると年少者たるとを問わず等しく適用される保護規定はこれを除外しているのである。従つて、少年法三七条に掲げていない成人の事件まで少年の福祉の保護のためだからといつて、家庭裁判所の権限に属せしめようと解することは、解釈の限界を超えたものと言わねばならない。そして労働基準法三二条一項違反の罪が家庭裁判所の管轄に属しないことは、裁判所法三一条の三第一項第三号、少年法三七条一項三号の親定により疑の存しないところであるから、本件公訴の提起は適法であり、これを是認した原判決には所論の違法はない。

裁判官池田克の反対意見は、次のとおりである。

労働基準法六〇条三項違反の罪は、使用者が同条項所定の運営をした場合に、その所定時間外の労働をさせたときだけに成立し、同条項所定の運営によらないで時間外の労働をさせた場合には、同法三二条一項違反の罪が成立するものと解すべきこと、原判示のとおりであり、その理由については、左記の点を附加するのほか、奥野裁判官の反対意見をすべて援用する。

労働基準法三二条一項は、いわゆる八時間労働制の原則を定立したものであるが、この原則に対しては、もとより多くの特例が認められている(三二条二項、三三条、三六条、四〇条、四一条、六〇条等)。しかし、これらの特例は、それぞれ特別の事由に基づき一定の条件のもとに認められているのであつて、なるほど特例中には、八時間労働の原則そのものが変更される場合(四〇条、労働基準法施行規則二六条、二九条、二七条)及び全く労働時間の制限がない場合(四一条)もあるけれども、その他の特例は、どこまでも右原則に基準をおいていることが看過されてはならない。そして三二条二項は、成人労働者について使用者が同条項所定の運営をなす場合の特例を認めたものであり、六〇条三項は、年少労働者について右特例とは異なる特例による運営を認めたものであり、右六〇条三項をもつて年少労働者の労働時間の基準規定とする法意と解すべきではない。このことは、六〇条一項が三二条二項の適用を排除しながら三二条一項の適用を排除していないことからも明らかである。

(裁判官 池田克 裁判官 河村大助 裁判官 奥野健一 裁判官 山田作之助 裁判長裁判官 藤田八郎は退官につき署名押印することができない。(池田克))

弁護人倉金熊次郎の上告趣意

第一点原判決は甚しき法令違背の違法があり(裁判管轄権の侵害)御庁に於て破毀せらるるものと信ず。

一、原判決は裁判管轄権に関する法令誤認の重大なる違反がある。

蓋し本件公訴は上告人等が下妻市大串七百九十五番地に於て経営する曽根製作所に於てオスター型鉄管捻切器製造の個人事業主として(被告人清市)又は使用者として(被告人初夫)労働者五十数名中奈良沢定美外二十三名の満一八才に満たない年少者に一日八時間を越えて時間外労働をなさしめ仍つて労働基準法違反の犯罪行為をなしたるものと云う事実に基くものである。

其の犯行々為に付ては被告人初夫の分を除き被告人清市の違反行為に付ては異見はないのであるが本件事犯を第一審起訴検事は此の事件を第一審下妻簡易裁判所に起訴されたのであるが之れは明らかに裁判管轄に関する法令違背の手続であつて本件は事案内容よりして家庭裁判所に起訴すべきものであることを強く御訴えするものである。

然るに原審判決は裁判権に関する法令の解義を誤り本件を普通裁判所の管轄事件と認定したるは之れ亦甚しき法令無視たる違法の謗りを免れないものと信ず。

今労働基準法(以下単に基準法と略称す)中満一八才に満たない年少者の労働に関する法令を検せんか基準法第五六条以下第六八条に特に規定され其の労働時間に付ては同法第六〇条第三項に於てのみ制限規定を設け且つ之れを措えては他に法令はないのである。

ここに於て年少者に対する労働時間の基準法第六〇条第三項を精査すると

(1) 使用者は第三二条第一項の規定にかかわらず、

(2) 満一五才以上で満一八才に満たない者に付ては一週間の労働時間四十八時間を超えない限り、

(3) 一週間の内一日の労働時間を四時間以内に短縮する場合に於ては他の日の労働時間を十時間まで延長することができる

と規定し法令の所謂年少者に付ては明らかに基準法第三二条第一項を排除し(法第三二条第一項は一般成年者の労働時間の法条であると信ず)満一八才に満たない年少者に対しては「一週間の労働時間が四十八時間を超えない限り」一週間の内一日労働時間が四時間以内に短縮したる場合は他の日に於て一日十時間までの時間外労働を認めたるものであつて結局年少者の労働時間は一週間四十八時間を超えないことを規定しているのである。

果して然らば年少者には原則としては一日の労働時間は八時間を超えてはならぬのである。唯特に一週間の内一日の労働時間を四時間以内にしたる場合のみ他の一日の時間外労働十時間を認むるの法意である。此の場合を措えて時間外労働は許されないのである。

然るに被告人清市は一日八時間労働を為さしめたる上に年少者二十四名に対し一時間乃至三、四時の時間外労働を為さしめたるものであるから将に基準法第六〇条第三項違反であつて少年法第三七条第一項第三号所定の成人の刑事々件として其の公訴は家庭裁判所に提起しなければならないのである。(裁判所法第三一条の三第一項第三号所定)

然るに原審は「基準法第六〇条第三項の違反の罪は使用者が同条同項所定の運営をした場合即ち特定労働日の労働時間を四時間以内に短縮して他の日の労働時間を延長する場合にその所定時間外の労働をさせた時だけに成立し」同上の運営に依らないで時間外労働をさせた場合には同法第三二条第一項違反の罪が成立するものと解すべきであると判示せられ本件事犯を基準法第三二条第一項違反罪と判示されたるは疑律錯誤も甚しきものと謂うべきものである。

今之れを社会の実際観念に因り「労働者使用の事業所に於て年少者だからと云つて一日の労働時間を四時間とする事業主ありやであります。

年少者労働者に一日の労働時間を四時間とし他の一日を十時間労働せしむるか如き様式を採る事業主は全国に於て全たく皆無なりと断言するも誤りでないと信ずる。

若し夫れ原判示を是認せんか少年法第三七条第一項第三号に該当する少年に対する成人の刑事々件なるものは皆無となり基準法第六〇条第三項も少年法第三七条第一項第三号は空文とならざるを得ないのである。

立法者は斯る愚を断じて為さざるを信ず。

基準法第三二条第一項は労働者中成人従業員に対する規定であつて此の法令中には年少者を含まないものであることは少年法第三七条第一項がその第一号、第二号に於て未成年の禁煙並びに禁酒法違反を同列に規定されていることよりしても明らかであると信ず。

本件年少者に対する御庁の上告判例を観ないが上告判例に次ぐ最とも権威ある高等裁判所判例として原審で挙示したる。

第一審名古屋家庭裁判所

第二審名古屋高等裁判所

の判例がありますが其の事犯内容は本件と同様時間外労働を為さしめたる違反事件である。

(尤も控訴の趣旨は罪数に付てのものであるが犯罪事実其のものは年少者に一日八時間を超えて労働をなさしめたる事案であることは本件の場合と全く同一である)

然も同高等裁判例は特に

「労働基準法第三二条違反罪(時間外労働)と罪数とあり(昭和二十六年六月高等裁判所刑事判決特報第十四号一一三頁参照)同高裁は年少者の時間外労働違反罪を本件原審の判示する基準法第三二条第一項罪として第一審名古屋家庭裁判所の控訴の審理を為されているのである。

若し第一、二審の原告官検事の論告の様に普通裁判所に於て同様の年少者に対する時間外労働違反罪を審理したる判例は多々ありとの点は地裁又は簡裁の判例は何れも年少者の時間外労働違反罪のみの事件ではなく年少者に対する他の違反罪を含むか若しくは成人者に対する違反罪の併存する事件であつて単に時間外労働違反のみではないことは地裁以下の判例の示す通りである。

若し夫れ原審の判示を是認せんか茲に引用したる名古屋高等裁判所は普通裁判所の管轄に属する事件を家庭裁判所で審理したる違法を其の儘認証したるの違法を敢えてしたることになるのであるが斯る手続上の重大違法を看過したる甚しき謗を受くるものである。

以上所論の如く本件事犯が家庭裁判所の審理事件であることは明白なるに第一審判決を是認したる原判決は裁判権無視の違法あるのみならず刑事訴訟法第四〇五条第一項第三号所定の高等裁判所の判例に相違する判断をなしたるもので到底被毀を免れないものと確信します。

第二点原判決は判決に影響を及ぼすべき重大なる事実の誤認が存するので破毀を免れないものと信ず。

一、被告人曽根初夫に対する趣意

原審は第一審が判示したる事実を其の儘に認め被告人曽根初夫(以下被告人初夫と略称す)は被告人曽根清市の子息で右製作所工場関係の事務作業一切を指揮監督しその予定生産量及び作業計画を樹立して工員の作業につき総括的に指図或は指示を与える地位にあるものなる処被告人初夫は「昭和三十二年一月四日より同年八月二十七日までの間、法定の除外事由がないのに、別表記載のとおり、当時何れも満十八才に満たない奈良沢定美外二十三名に対し、それぞれ一日八時間を超えて時間外労働をさせたものであり」と認定し更に証拠認定の三項(七行以下)に於ては父清市の前示事業につき父の代理格で工場の事務作業一切を総括的に指揮監督し工場に於ける月々の生産に付きその予定量を定めて作業上の配分割当を行い工場に於ける労働者の作業につき指図しあるいは指示を与える立場にあるものであるがと認めらるるから被告人初夫は前示工場に於ける労働者に対し労働基準法第十条の使用者に該当する事実が認められると共に」と認断されているが此の事実認定をそのまま認められたるは事実誤認も甚しき違法ありと謂わなければならぬのであります。

二、第一審が罪となるべき事実認断の冒頭に於いて被告人曽根清市は多年下妻市大字大串七九五番地に於いて曽根工具製作所を経営し労働者五十数名を使用して「オスター型鉄管捻切器製造の個人業を営む事業主であり」と摘示し本件被告人工場の事業主たる被告人曽根清市が労働者の使用者であることを明示していながら強いて被告人初夫を使用者と認定したる事は事実認定の矛盾も甚しきものと断ぜねばならぬのであります。

之れ斯る認定は罪なき被告人初夫に共同刑責を負担せしめんが為に外ならぬと断ぜらるるも止むなき処と信ずるのであります。

三、被告人初夫は起訴検事がその起訴状に於て明らかにしたる通りその住居は東京都であり父清市工場に於ける身分地位関係は鉄工業の従業員である(第一審判示被告人初夫の職業記載参照)。従業員なるが故に他の一般従業員と共に本件工場の事務に参画するは当然にして月給二万円を父より受け生活する労働者であることも被告人清市、同初夫の此の点に関する供述に因つて明白なる処である。

然るに被告人初夫を父清市の代理格で工場の事務作業一切を総括的に指揮監督すると為すも之れに対応する明白なる証左は一もないのである。

更に原審は第一審が認定したる被告人初夫は労働基準法第十条の所謂「労働者の使用者」であると摘示せられているが第一審挙示の証拠、証人を以つてしては被告人初夫を使用者とするに足る証拠たらざるのみか反つて被告人初夫が一従業員たるの立場に在ることを証するものである。

第一審では被告人初夫が工場を見廻りに来てるとか作業の指図又は指示をするとの点を挙げているが之れは従業員たる地位と矛盾せざるのみか反つて被告人初夫は従業員たるの責任上当然に指図又は指示或は作業上即ち製作作業に対し指導することはその職務上の責任であるのであつて之れを使用者とせらるべきでないのである。

之れ他なく被告人初夫は被告人清市工場に於ける製品の受注、販売、荷の発送等の外工場に於ける新なる製品の受注に対する製作上の設計を主なる職分としているのである。

(記録三五五頁以下被告人清市の昭和三十三年九月二十六日第二回公判廷の供述、記録三九一頁労働基準監督官桜井清治の復命書中被告人初夫が使用者なりとの違反事実の記載なき点、記録六二一頁以下証人原朝一郎の証言、私と相談して設計とか工具の考案等をしていますの点、記録六三一頁以下証人坂本実の証言、記録六三七頁以下証人粟野二三の証言、初夫は外交や新製品の設計をしている点、其の他記録六四五頁証人小森美春、同六五〇頁以下証人風野作次郎、同六七五頁証人諸井勝彦の各証言参照)

果して然らば被告人初夫は父清市工場に於ける製作品中新なる設計に因るもの或は新に考案されたる製品の製作作業に付ては作業労働者が設計又は考案の通り作製されているや否やは工場作業員の作業を見廻り旦つ不備や不充分なる点あらば之れが指導指示又は指図を為すことは将に設計者なり考案者なりの責任上当然の処置にして之れを以つて被告人初夫を「使用者」なりと認断するが如きは盲断も甚しき違法と謂わねばならぬのであります。

四、之れを更に労働基準法上より観察せんか労働基準法第十条に所謂「使用者」ならんには法令上使用者として各種の手続、報告、書類の作成等監督官署に対する各種の義務履行責任があるのである。

(基準法第一五条以下の使用者として責任、手続又は義務の履行等第五四条までの各種義務等参照)

然れども本件に付き第一審挙証の証拠では反つて事業主被告人清市が使用者であつて各種法令上の義務の履行は被告人清市が現実に為しているのである。

従つて被告人初夫は単に事業主の子息だと云う以外法令上使用者とせらるべき行為も義務も無いものである。

五、以上被告人初夫は工場事業に付き工場主父清市の子息なる以上工場に於ける労働者の作業上の勤怠や製品計画や自己設計に係る製品の正確なる作業及び製作の見廻り指導は当然の職責に属し之れを以て使用者たるの認定を為すべきでないと信ず。従つて原審判決は此の事実誤認の違法があり破毀を免れないものと信じますが故に被告人初夫に対しては無罪の御判決相成度上告趣意申立に及びました。

第三点原判決は量刑不当とする顕著なる事由があるから破毀を免れないものと信ず。

一、被告人曽根清市に対する趣意

被告人清市が自ら経営する曽根製作所の事業主であること、又本件に於ける年少労働者の時間外労働に対し默認したる結果奈良沢定美外二十三名に対し判示日時期間に於て時間外労働を為さしめたることは明らかに認むる処であるが本件工場の事業主としての被告人清市に対し罰金四万円と処せられたる原判決は基準法のみに捉われ社会に於ける少年指導の重大なる国策を無視したる不当の量刑と謂わなければならぬのである。

二、蓋し本件被告人清市の基準法違反の刑責は免れ難き処なりと雖も曽根工場主たる被告人清市が違反行為を為すに至りたる原由は、

(1) 年少者労働者全員が自ら進んで工場事務所に時間外労働をさせる様申出たること。

(2) 年少者労働者の保護者たる父兄の多くが少年の不良化防止のため時間外労働を為さしめられ度き旨の申出を為していたこと。

即ち父兄等は日永の時(五、六、七、八、九月の時節に)午後四時頃作業を終り帰宅せしめられ遊休時間を多くすると結局はパチンコ遊びや映画見物、果ては小料理屋に出入する等不良少年となることを極度に恐れて父兄からの希望を入れ少年には遊ぶ時間を少なくして善良なる工員たらしめる一策として事業主たる被告人清市も年少者労働者の時間外労働を黙認したるものなること。

(3) 年少労働者中には家庭貧困を助けんと稼働時間を多くし賃金を多くせんとしている者があること。

(記録二五三頁表昭和三十二年二月十日検事調書興津政夫供述調書、記録二五七頁八項以下三村光正の調書、記録二七七頁以下昭和三十三年二月十日検事調書初沢高雄の供述、記録二九七頁以下昭和三十三年二月十日検事調書神永光明の供述、記録三〇五頁以下昭和三十三年二月十日検事調書安島清美の供述、記録四一一頁以下昭和三十三年二月五日小森美春の供述、記録四一五頁以下検事調書昭和三十三年一月二十二日粟野二三の供述、記録五四六頁以下岩田英夫の証言、記録五五三頁以下証人小磯明証言、記録五六〇頁以下証人小島縫之助の証言、記録五六六頁以下証人小磯司郎の証言参照)

以上証人の各証言を綜合すると年少者工員自身もその父兄も子弟の不良化を防止し悪遊びを防除する等少年の社会教育的立場から被告人清市は本件違反行為の刑責を問わるる実状にあつたのであるが之れを基準法の少年工成育の保護や体の消耗よりする労災防止の法令の精神と少年工の社会的不良化防止の国家対策は両立せぬ実状にある制度下に在つて少年工員の衛生保健上の施設を完備しその成育に又は労災防止に万全を期している被告人清市の工場は茨城県下稀れに観る模範工場でありまして殊に衛生保健に付いては内務省指定医として幼少年者の保健に専門的功績を持つ医学博士鴇田病院長鴇田信夫氏を工場医(正式届出済)として少年工のみならず全工員の保健衛生に万全を尽している外工場内の衛生的な換気施設も全く優秀なることは第一審現場検証に於て明らかなる処であります。又未だ曽て労災者も過労に基く疾病も皆無にして基準法が年少者の時間外労働を禁止する法意の定惧は全くないのみならず曽て警察の補導を受けるが如き少年工は独りもない、元気善良なる工員であるのであります。

(記録六七〇頁以下証人長山恒雄の証言殊に少年工の善良なる点、記録五八三頁以下現場検証、記録五七一頁以下証人鴇田信夫の証言各参照)

然るに第二審が被告人清市に対し罰金四万円を科したるは上述の事情を看過したる量刑不当の違法ありと謂わなければならぬのであります。

現在社会に於ける為政者及び有識者が最も憂うる処は年少者労働者の労働時間を規制し衛生保健や労災発生にあらずして次代を負う青少年の不良化防止にあることは論を俟たぬ処である。

自ら勤務し自ら賃銀を得る少年者が多くの遊休時間を持つことは決して善良なる青少年を教養する処ではないのである。

之れを恐れるもの敢て為政者や教育者のみではなく父兄と共に本件被告人清市の如く多くの少年を預り且つ労賃は本人交付の責にある全国各種の事業主の真剣に考慮すべき責も亦重大なるものと信ずるものである。

此の観点に立つ時は年少者の健康と労災とを厳重に警戒しつつ一定の時間外労働を為さしむるが如きは事業主に許さるべきものと確信するものであります。

被告人清市の工場は事業工場とし又は従業者待遇に於て実に県下一の模範工場たることを強く御訴へするものである。

此の少年育成に真剣なる被告人清市が不幸基準法違反の刑責を問わるるものであります。

希は御庁に於ては一掬の御同情を垂れさせられて原判決を破毀され罰金壱万円程度の御判決相成度。

右被告人等に対する有罪判決に対する上告趣意を申上ます。

以上

弁護人小中公毅の上告趣意

原判決には(一)名古屋高等裁判所が為した判例とは相反する判断をした判例違反があり、又(二)罪となるべき事実の認定に重大な誤認があり、且つその量刑に甚しい不当があつて、之を破棄しなければ著しく正義に反するものと認むべきである。

第一点本被告事件について東京高等裁判所が言渡した原判決には曩に名古屋高等裁判所が為した判例と相反するものがあるから破棄されなければならない。

原審東京高等裁判所が言渡した原判決は弁護人から「本被告事件における第一審判決は不法に管轄を認めて審判した訴訟手続上の法令違反があるから之を被棄して水戸家庭裁判所に移送すべきである」との控訴趣意に対し「右事件は労働基準法第三二条第一項違反の罪として公訴が提記されたものであるから本被告事件については、原審簡易裁判所がその管轄を有し家庭裁判所の管轄に属するものでない」として被告人からの控訴を棄却したものであることは、その判文によつて明かである。

ところが本被告事件と同様な案件について名古屋高等裁判所が昭和二十五年十二月十九日に判決を宣告しておるのであるが、その判決の為した事物に関する管轄についての判断は本被告事件について右東京高等裁判所の為したものとは全く反するものなのである、即ち右名古屋高等裁判所において審判した事件というのは本被告事件と同様十八歳未満の若少年に時間外労働をさせたという労働基準法第三二条第一項違反の成年の事件であつて、該事件の内容事項も本被告事件と全く異なるところがないのであるが、名古屋高等裁判所はその被告事件が名古屋家庭裁判所に公訴が提起されて、同裁判所において第一審の管轄裁判所として審判しておるその訴訟手続を適法であるとしておるのである。

而して謂う迄もなく家庭裁判所がその第一審裁判所として処理する事件なるものは裁判所法第三一条の三第一項と列挙してある事項であつて、而もそれは所謂専属管轄に属するものであるが、その中成人の刑事事件で家庭裁判所に公訴を提起しなければならないとされておる案件としては少年法第三七条第一項の各号に該当するものであること亦同法条に明記しておるとおりである、且つ右成人の事件で少年についての労働基準法違反の罪に関するもので家庭裁判所の専属管轄とされておるのは同法第一項第三号に掲げておるものに限られておることもその法文上明らかであるのであるから、名古屋高等裁判所において右成人の刑事事件が、家庭裁判所の管轄に属するものであるとした所以はそれは結局右同法条項号に該るものと判断したが為めであるとせざるをえないのである尤も右同法条項第三号中には労働基準法第三二条第一項中の少年に関するものとは明記してないのであるが、右名古屋高等裁判所の判例はそれが労働基準法第三二条第一項違反の罪であつても苟も十八歳未満の若少年者についてのものである限り、少年法第一条に掲げておる少年の福祉を害する成人の刑事事件で特別の措置を講じなければならないもの、即ちその立法の根本趣旨に準応して特に之を家庭裁判所の専属管轄事件として慎重なる手続によつて審判すべきものであるとしたものであることが窺われるのであつて、右名古屋高等裁判所の為した判断は洵に事理に適したもので法令の解釈における判例法としても適切妥当なる措置であると思料するのであるが、かような判例が既に為されておるに拘らず、東京高等裁判所の為した原判決は之と全く反した判断をしたものであるが故に右は正に刑訴法第四〇五条第三号の事由が存する場合であるから上告審においては直ちに之を破棄して判決で事件を第一審管轄裁判所である水戸家庭裁判所に移送してその特別な手続によつて更らに慎重なる審理判決を為さしめなければならないと思料せざるをえないのである。

第二点原判決には判決に影響を及ぼすべき重大な事実の誤認があり、且つ刑の量定が甚しく不当であつて之を破棄しなければ著しく正義に反するものがあるから原判決は破棄さるべきである。

(一) 原判決は被告人曽根初夫に関する罪となるべき事実即ち本被告事件における同被告人の刑事上の責任について「被告人初夫は父清市の経営する工場においてその事務及び作業の一切を指揮監督し、工員の作業につき総括的指示を与えていたことが認められるから、右事業の経営担当者若しくは事業主のために行為をする者としての使用者に該当することが明らかである」

と判示認定しておるのであるが、本件記録特に第一審の公判において取り調べた証拠に拠つて検討すると、

(1) 被告人初夫は

「私は曽根工具製造所でその事務や作業をしておるだけで、同所における事務や作業等一切について指揮、監督はしていないから私に刑事責任はないと考えています」

(2) 証人原朝一郎は

「私は曽根工場全体の責任者になつていますが、初夫は生産の種類、予定量の計画には関係していませんし、又作業等の指揮監督はしておりません、製品製作上のことについては誰からも指図を受けず、私達だけでやつています、初夫が生産に関して工員に指示したことはありません」

「年少者の残業は年少者等が集つて残業をやらして呉れと事務主任に申出でたので、私の処に言つてきたのです、それで私が頼んだので、誰からも頼まれたこともないのです」

(3) 証人粟野二三は

「私は曽根工場の事務主任で事務全般をやつておりますが、初夫は外交や新製品の設計をして、工場で図面を書いておるだけで作業の方には干渉していません」

(4) 証人風野作次郎は

「作業の指図は事務所の粟野さん等からメモが来ていました、初夫は工場で図面を書いたりしており、作業の方には干渉しませんでした」

(5) 証人 松本竹蔵は

「曽根工場全体の責任者は曽根清市で初夫は製図の方をやつていました、少年工に残業をやらしたのは当事仕事も忙しかつたし、若い者が早く家に帰つても仕方がないというのでやらしたのです」

と夫々供述しておることが右公判調書の記載によつて明らかであるが、右各供述するところを綜合考覈すると被告人清市が判示工場主としてその責任を免れえないとしても被告人初夫は右清市の長男であるというだけで、右工場における事務及びその作業について指揮監督をしたり、又それについて総括的な指示を与えたりしたことはなかつたことが明認されるのである、従つて亦同被告人は原判決が認定しておるような右製作所における事業経営担当者でもなく、且右事業主に代つて責任を負うべき法律上の地位身分も有しなかつたものとせざるをえないのであるから、たとえ右工場において本被告事件のような労働基準法違反行為があつたとしても被告人初夫としてはそれについて法に所謂使用者として刑事上の責任を負うべきものでないこと論を要しないところである。

尚原判決は第一審判決が「右違反行為は被告人初夫が法に所謂使用者として若少年に時間外労働をさせたものである」と認定した事実を「その他原判決認定の事実は引用の各証拠によりすべて之を肯認するに足り、原判決に事実誤認の疑は存しない」として之を支持しておるのであるが前掲各証人等の各供述に徴すると判示工場における本件の違反行為は同工場に勤務してその作業実施、労務操作等について責任を委ねられていた原朝一郎等同工場主脳者達がその少年労働者等からの要求を容れて為すに至つたものであつて、右被告人初夫は素より被告人清市も亦その事実について知らなかつたこと、勿論同被告人等において之を措示したものでなかつたことが明らかであるから、右違反行為に関し被告人初夫に対しては、そのいずれの観点よりするも、刑事上の責を帰せしめることはできないものであると謂わねばならないのである、又被告人清市についても果して同被告人が右違反行為に関し原判決が認めておるような労働基準法一二一条第二項所定の事業主という地位にあつたというだけで行為者としての責任を負わねばならないものであるか怎うか甚だ疑わしいものが存するのである。

之を要するに、原判決がその証明ありとして第一審判決における事実認定を支持し弁護人の提出した控訴趣意を理由なしとして排斥した措置はそれ自体判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認を為したものであるが故に破棄しなければ著しく正義に反するものと思料されるのである。

(二) 原判決は第一審判決が被告人両名に対し同判示事実を認定してその主文のような刑の量定をしたのはいずれもその誤りはないとして控訴を棄却しておるのであるが、仮にその事実の認定に誤りが無かつたものとしても本被告事件において右工場における年少労働者に時間外労働をさせるに至つたのは、決してその使用者側特に右被告人等の発意によつたものでなく、その年少従業員等から「早く家に帰つても仕方がないから残業をやらして貰いたい」と懇望したので、その要求を容れたものであることが、証拠上明らかなところであり、且つ亦同工場ではその従業員に対する保健衛生に関するものは勿論、その慰安娯楽等についての諸設備万端が完備しており、又特に少年工員に対してはその保護育成に留意して、その技術的方面ばかりでなく、その精神的方面における保育善導に努めてその成績の見るべきものがあるので、数次に亘つて当該鑑督官署から模範工場として表彰され、又その父兄達からも常に感謝されておる状況であるのである。

然るに偶々今回右少年工等の希望を容れて、同工場の現場責任者達が居残り作業をやらしたことから基準法違反に問われるに至つたのであるが、同被告人等はそれがよしや自分達の刑事上の責任でないとしても同工場においてかかる違反行為が行われたことに対し、洵に面目ないことであると痛恨しておる次第なのである。

以上のような諸般の情状に照らすとたとえ本被告事件について被告人等に刑責の免れないものがあるとしてもその情極めて軽いものと謂わねばならないのである。それ故にこそ両被告人に対し罰金刑に処断することが止むをえないとしても之につき右情状に因り特に刑の執行を猶予するとの措置を採るべきであると思料されるのである、それにも拘らず原判決が第一審判決が為した刑の量定に関しこれを相当であるとし、被告人等に対し刑の執行を猶予しなければならない情状の存することに想を致さなかつたことは甚しい誤りで、その量刑上の措置は刑訴法がその目的としておる刑罰法令の適正適用を誤つたものであり、従つて亦当審において之を破棄して原判決の誤りを是正するにあらざれば著しく正義に反するものであると思料せざるをえないのである。

以上が当弁護人の本被告事件についての上告趣意であるが御庁においては、その最終審として最も法の要請する正義に合致した適正妥当な裁断を下されんことを切望するものである。

検察官井本臺吉の答弁書

第一、弁護人小中公毅、同倉金熊次郎の各上告趣意各第一点は下妻簡易裁判所では、使用者が満十八歳に満たない労働者を一日八時間を越えて労働させたというのであるから、労働基準法第六〇条第三項、裁判所法第三一条の三第一項第三号、少年法第三七条第一項第三号の規定により、公訴棄却の判決をなすべきであつたにもかかわらず、労働基準法第三二条第一項を適用して有罪判決をしたのを、原審が肯定して、被告人等の控訴を棄却したのは、昭和二五年一二月一九日名古屋高等裁判所の判決(高等裁判所刑事判決特報昭和二六年六月第一四号一一三頁)に反し、違法の管轄を認めた判決で破棄差戻が相当であると主張する。

しかしながら、次の理由により、原判決は相当であつて、上告の理由はない。すなわち、

一、労働基準法第六〇条第三項違反の罪は、使用者が満一五歳以上で満一八歳に満たない労働者に対し、特定労働日の労働時間を四時間以内に短縮して他の日の労働時間を延長する場合に、その所定時間外の労働をさせたときだけに成立し、右の如き運営によらないで時間外の労働をさせた場合には、同法第三二条第一項違反の罪が成立するものと解すべきである。次に同法第三二条第一項違反の罪が、家庭裁判所の管轄に属しないことは、裁判所法第三一条の三第一項第三号、少年法第三七条第一項第三号の規定により疑の存しないところである。従つて本件につき第一審下妻簡易裁判所へ公訴を提起したことを、適法なりとした第一審判決を肯定した原判決は誠に正当であつて、論旨は理由がない。

二、上告趣意書に採用された名古屋高等裁判所判決は本件に関する判示を含まず、適切ではない。同判決によつて肯定された昭和二五年九月七日名古屋家庭裁判所の第一審判決は別紙一のとおりであるが、年少労働者の時間外労働に対し労働基準法第三二条、第一一九条を適用しながら家庭裁判所の管轄権を認めているので、違法な判決といわざるを得ないこと前述の理由のとおりである。けだし、少年法第三七条第一項第三号所定の労働基準法違反事件に関する家庭裁判所の管轄の規定には、労働基準法第三二条第一項、第一一九条違反を包含していないことは、条文の明記するところであるから、時間外労働に従事したものが年少者だからといつて、条文に規定されていないのに、家庭裁判所の管轄であるとはいえない。本件起訴状、または第一審判決に表示されているような、労働者が「当時いずれも満一八歳にみたない」云々の記載は、被告人等の情状に関する記載と理解すべきで、犯罪構成要件に関するものとはいえない。

なお、右名古屋家庭裁判所の判決は、労働基準法第三二条第一項、第一一九条のみならず、同法第八九条、第一二〇条の起訴事実まで管轄権ありとして、裁判しているのでその違法なることは、多く論ずるまでもないことである。

三、次に本件第一審検察官の論告に援用された年少労働者時間外労働事件(記録八〇三頁、八〇四頁参照)及び昭和二八年以降同三七年二月一五日迄の間当庁に報告された同種事件並に家庭裁判所月報等に登載された一部の同種事件を一覧表にして見ると別紙二のとおりである。

右の一覧表は、一定期間の全事件の表ではないが、大体の傾向は窺い得られる。すなわち年少者の時間外労働事件は、比較的多く労働基準法第三二条、第一一九条を適用して普通裁判所で処理されておるようである。また家庭裁判所に起訴判決のあつたものの中には、(一)犯罪事実の記載が単なる年少労働者の時間外労働だという丈で、労働基準法第六〇条第三項を適用したもの(事実の記載からいえば、同法第三二条第一項を適用すべきもの)、(二)同法第三二条第一項を適用しながら家庭裁判所への起訴を適法としたもの、等があるが、同法第六〇条の規定のような、犯罪事実として使用者が年少労働者の特定労働日の労働時間を四時間以内に短縮して他の日の労働時間を延長する場合に所定時間外の労働をさせたことを明記したものは殆ど見当らない。要之、年少労働者の時間外労働事件は家庭裁判所の専属管轄であるとの説は、立法論としては兎も角、現実の法解釈としては到底採用の余地なきものである。

第二、弁護人小中公毅上告趣意二点、同倉金熊次郎の上告趣意第二点、同第三点は、(一)被告人曽根初夫は曽根工具製作所の事業主若くは経営担当者でなく、また事業主である被告人曽根清市のため、その事業の労働者に関する事項につき、行為するものではなく、且本件の時間外労働には関係がないから、労働基準法第三二条第一項の適用を受ける理由はない。(二)被告人曽根清市に罰金四万円、同曽根初夫に罰金二万円の刑を言渡したのは刑の量定が甚しく不当である。従つて原判決は刑訴第四一一条第一号、第二号を適用して破棄差戻すべきであると主張する。

しかしながら本件記録を検討すると、(一)被告人曽根初夫が労働基準法第一〇条所定の、曽根工具製作所の事業の経営担当者、または、少くとも事業の労働者に関する事項について事業主たる被告人曽根清市のために行為をする者として使用者に該当するものであつたことは、明らかである。また被告人曽根初夫が本件年少者の時間外労働に関与し、労働基準法第三二条にいわゆる「使用者は……労働させてはならない」の条項を適用すべき事実を認定し得ること一件記録に徴し明かである。(二)被告人両名に対する刑の量定が甚だしく不当でないことも一件記録に徴して明瞭であつて多言を要しない。従つて本件は刑訴第四百十一条第一号若くは第二号を適用するの余地なく、本件上告は理由がない。

別紙一

労働基準法違反被告事件に対する名古屋家庭裁判所の判決(名古屋家裁 昭二五・九・七判決)

主文

被告人を罰金一万円に処する。

右罰金を完納することができないときには金二百円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

理由

(事実)

被告人は名古屋市南区元祿通り五丁目一番地に工場を持ち労働者約五十名を使つて佃煮製造並に卸売業を営むカネハツ食品株式会社の取締役社長で会社全般の業務を統轄して居るものであるが同会社工場に於て

第一 工場住込の年少労働者沢田貞夫(昭和八年七月十二日生)玉城俊男(昭和六年十月三十八日生)両名に対し昭和二十三年五月頃より翌二十四年五月十七日頃までに至る間午前六時五十分頃乃至午前七時三十分頃より午後五時三十分頃乃至午後七時三十分頃まで法定一日の労働時間八時間を超え最短約一時間最長約三時間四十分の時間外労働をさせ

第二 法定年齢未満の児童である三尾照子(昭和十一年一月一日生)を昭和二十三年十一月十日頃より翌二十四年四月七日頃までの間労働者として使用し

第三 常時十人以上の労働者を使用する使用者は就業規則を作成し行政官庁に届出なければならないのに之をなさなかつたものである。

(証拠の標目)

(法律の適用)

第一事実 労働基準法第三十二条第百十九条

第二事実 同法第五十六条第百十八条

第三事実 同法第八十九条第百二十条

第一乃至第三事実 刑法第四十五条前段第四十八条第二項第十八条

仍て主文のとおり決定する。

(裁判官 伊藤政吉)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例